冒頭の映像 · 1分17秒
穏やかな扉
最初の本。一つの問いが去らなかったから書かれた:私たちは本当に分離しているのか?一つの前提が害をなす。それは残酷さに現れ、無関心に現れる。この本はそれだけで立っている。物理はない。方程式もない。穏やかな扉。
映像。二人の人、そしてそのあいだに引かれた線。ベンチの上の読み手。扉、くぐり抜けられる。一つの太陽の下、砂丘の上の四人。
優しさへの五つの扉 · 穏やかな扉 · 映像で
本を読むか、観るか。11本の映像、合計14分26秒、Gの声で。
アーティスト・ノートに1本、10の章それぞれに1本。どれも1分ほどである。どの映像の下にも、数文にまとめた章と、章そのものへの道がある。続けて観れば、15分で本の全体を通ったことになる。あるいは本を読み、絵を見にここへ来ればよい。
音をオンに。TikTokやYouTubeにあるのと同じ映像である。ここでは、それぞれの章とともに並んでいる。
冒頭の映像 · 1分17秒
最初の本。一つの問いが去らなかったから書かれた:私たちは本当に分離しているのか?一つの前提が害をなす。それは残酷さに現れ、無関心に現れる。この本はそれだけで立っている。物理はない。方程式もない。穏やかな扉。
映像。二人の人、そしてそのあいだに引かれた線。ベンチの上の読み手。扉、くぐり抜けられる。一つの太陽の下、砂丘の上の四人。
第一章 · 1分13秒
私たちが分離していると感じるのには四つの理由がある。身体は自分を守る。心は語り手を加える。言語は名前を固定する。集団はそれを大きくする。どれも有用である。どれも最終の真実ではない。砂の上の線は実在する。砂はなお一つである。
映像。「私」、そして私と残りすべてとのあいだの線。線の先端にある問い。砂に引かれた線、そしてその線を越えて描き続けられる砂丘。
第二章 · 1分16秒
違いは何も代償を求めない。距離は求める。人がカテゴリーになるとき、その苦しみは情報になる。憎しみは要らない。無関心で足りる。正義感は、害していると感じることなく人に害をなさせる。
映像。女がベンチの男の前を通り過ぎる。男のまわりに箱が描かれる。真実の側が一人の男の足元に描かれ、もう一人の手前で止まる。
第三章 · 1分30秒
聖なるものは世界の内側で始まった。やがてそれに意志が与えられた。それは命じ、従われ、上へと移った。創造主はこちら、被造物はあちら。代償は静かである:目を背ける許し。もし神がどこにでもいるなら、神はよそにはいない。
映像。地面の赤い円が空へ昇る。その下に線が引かれる。やがて円は消えるまで大きくなり、二人の男が地面に残される。
第四章 · 1分18秒
神という言葉は、つねにすべてが依って立つものを指してきた。宇宙の外には何も存在しないから、その役割はすでに埋まっている。あなたは宇宙に到着したのではない。あなたは宇宙から出てきたのである。誰にも特別な位置はない。残酷さは禁じられたものになるのではない。混乱したものになる。
映像。女が星を見上げる。彼女を含む円が描かれる。空の目が見返す。彼女の輪郭が、円自身の線から描かれる。
第五章 · 1分4秒
世界は一つであり、多くに見える。砂漠は実在し、一粒一粒の砂もそうである。それらのあいだの分離は実在しない。誤りは、砂粒が砂漠から離れて存在すると結論することである。人を分離したものとして扱うことは、優しくないだけではない。不正確である。
映像。砂丘。一粒の砂が持ち上げられ、引き戻される。二人のあいだの線が、ばつで消される。
第六章 · 1分28秒
人は限られているが、取るに足らないのではない。一つの言葉が人生を変えうる。私たち一人一人は窓であって、建物ではない。通りからは:多くの灯り。内側は、一つの建物。あなたがすることは他者に触れる。他者に触れるものは全体に触れる。そして全体はあなたを含む。
映像。夜の建物。窓が一つずつ灯り、一本の線がそのすべてを貫いて引かれる。一つの触れ、そして波紋が返ってくる。
第七章 · 1分14秒
あなたは進み続けることを選んだ。あらゆる行動には原因がある。人とは、原因が処理され、新しい形で表現される場所である。岩に選択はない。歩く者は立ち止まり、向きを変えられる。自由とは応答性である。つながった世界では行動は伝わっていく。ある部屋で閉められた扉は、別の部屋で決められていた。
映像。岩が丘を転がり落ち、そのあいだに男は立ち止まって向きを変える。一つの部屋からの波紋が、隣の部屋の扉を閉める。
第八章 · 1分27秒
物の本性で足りるところに、規則は要らない。火から手を遠ざけるのに、規則を要する者はいない。害は、間違いというより無意味である:左手が右手を攻撃するようなものだ。残酷さは高くつく。残るのは聖人であることではない。一貫性である。
映像。火から引き戻される手。一方の手がもう一方を打ち、打った手に走る痛み。同じ道を歩く二人。
第九章 · 1分23秒
命令を取り去っても、意味は消えない。場所を変えるのである。上から授けられるのではない。築かれ、そして獲得される。意味は、影響が存在するところならどこにでも現れる。火の後の森の地面は、新しいものが育つ場所である。上に観客はいない。あなたは恐れからではなく、理解から慎重に行動する。
映像。赤い円が空から降りてきて、大人と子どもの間の地面に着く。開けた場所。一輪の花。空っぽの空。
第十章 · 1分16秒
違いは残る。距離は溶ける。あなたは屈服せずに聞き、憎しみなしに毅然と行動し、軽蔑なしに境界を引くことができる。憎しみには距離が要り、距離が消えれば薄れる。砂粒はなお別々である。砂漠はなお一つである。あなたはすでにこれを知っていた。今、あなたには言葉がある。
映像。二人が向かい合う。二人の間の赤い隙間が閉じる。砂丘の上の四人。二つの手のひらが合わさる。
どの映像も、その章が言うことを、章自身の言葉で言う。ページの言葉と映像の言葉は一つのテキストである。もし違いがあれば、iam@whybekind.orgに書き送ってほしい。
同じ映像が、ブロンズの装いで、その背後の物理とともに、the420code.orgにある。